関連: 「元気の出る言葉」 

   志とは・・・  価値観が高い人・・・  覚悟・・・  理念・・・  ビジョンの位置づけ・・・  組織編制の必要性・・・  


 志とは・・・・・

国語辞典によれば、人生における、その人としての到達目標。理想。と記され、和英辞典では、〈大望〉 (an) ambition;
《形式》(an) aspiration; 〈希望〉 a wish; 《形式》 a desire; (a) hopeと記されている。

志が低いと波長も低く、波長が合わない人と人生を共にするのは、高い人にとっても低い人にも、お互いに苦痛を感じる
事となる。

問題点を、自分の理想と現実とのギャップであると考えて生きている人にとっては、理想が高ければ高い程、問題点も
多くあり時間の
使い方も考えている。理想の低い人は、目の前に現れた問題だけに対処して、ひと段落すると休んでいる。

人の能力差は、上下の数パーセントを除けば、大差が無いように思える。ならば、人の差とは将に、志の差とも考えられる。

松下幸之助が本当に志の高い人は、自分の代には出来ない事にも一生懸命に取り組めると言われていた事は意義深い。

志を高く持ち、現実とのギャップをどの様に埋めて行くかを考えて、問題点そして、その本質を見抜く力を養いたい。



 価値観が高い人・・・・・

価値観が高い人とは、何が良くて何が悪いかを自分の言葉で話せる人と言われる。

物事の良い悪いは、時代によっても置かれた立場によっても変わるもので、不変の物ではないはずだ。何が良くて何が
悪いと云う絶対の物は無い。 だからこそ、 自分の価値観を人に押し付ける人は嫌われる。

自分の「物差し」をしっかりともって、判断を出来る人は、自分のポジショニング、立脚点が解っている人とも言える。
判断がつかない人は、自分がどこに立っているのかが、良く解って無いのかも知れない。

価値観の同じ人と人生を歩む事がどんなに幸せな事かは、日々実感出来る。

それでは、好き嫌いがハッキリとしている人は、価値観が高い人なのか? ある意味で、明確な「物差し」があるとも言える。
ただ、それは現状の自分の好き嫌いが基準になっているので、将来自分がなりたい理想の自分の基準とは違う。

自分の考え方を明確に相手に伝えたら、明確な反応が返ってくる事が多い。相手の価値観も理解するチャンスが増える。
そして、自分の価値観も日々成長して行ける。

曖昧さは、美徳では無いと考える。表現方法に思いやりを持つ事は大切だが、曖昧とは違う。自分の感性を磨き、相手の
価値観を理解する事に努める事は、「自分を育てる方法」として、最も有効な方法と思える。違う価値観の人が真摯 にお互
いの価値観を認め合い成長したところに新しい価値観が生まれる。

先ずは、自分の価値観でどう見えるか発信し、相手の考えとの表面的な違いに反応するのでは無く、相手の価値観を理解
する事から始めたい。

自分の価値観を相手に押し付けるのでは無く、相手と一緒に新たな価値観を創り出す作業が、出会いを素晴らしいものに
出来る方法と考えたい。



 覚悟・・・・・

覚悟を決めろ。と云う言葉がある。覚悟とは国語辞典では、困難ではあっても、絶対に実行しようと、心を決めること。と記さ
れている。

土壇場(緊急事態)での行動の差は、平素の覚悟の差だと多くの武術家が言う。剣術でも、相手が正面から頭を切りつけて
きた時に、剣を抜く暇がなければ腕で受け止める練習をする。例え、腕は切られても頭に致命傷を負わない練習である。

本能で出来そうなものであるが・・・実際の本能は別の方に働く様である。練習していないと、出来るものでは無い。

致命傷を避ける為に、腕を切られる「覚悟」を決めての練習である。もちろん、剣でよける練習は、さらに積む。

エゲツナイ話だが剣術家の話で、女性を伴って歩く時も、先ずは命を張っても守るか、そうで無い人かを「覚悟」して歩くと
言うのである。そうしておかなければ、とっさの時に判断をあやまり、生きても切られても後悔する場面に遭遇する羽目に
なると言うのである。女性を品定めすると言うのでは無く、覚悟の話である。

スパイダーマン程の力量差があれば、こんなエゲツナイ選択は、いらないのだろうけど。とっさの時に、大切な人を守る
事が出来ないのは、平素の覚悟が足りない為と云うお話である。

何が良いか何が悪いか、不変の物は無く、人の価値観によって変わってくる。要は、覚悟を伴った判断かどうかが問題に
なってくる。その時になったら考えると云うのは無責任と云うよりも、自分の価値観に沿った事が必ずとっさに出来るとは
限らず、むしろ後悔の道を歩むのが人かも知れない。

自分の望む道を歩むには、ものを始める時には、覚悟を決めなければならない。始末の出来ない事に介入してはなら
ない。



 理念・・・・・

国語辞典では、何を最高のものとするかについての、その人(面で)の根本的な考え方。と記されている。

会社の理念とは、個人の理念とは、要は、「絶対に譲れないもの」である。社会や人に対しての約束も重要であるが
自分に対しての約束であり、それを譲っては存在自体に意味がなくなってしまうもの。それが「理念」と考える。

会社案内を作るときに、他社の理念の焼き直しで体裁だけを整える人を見た時、会社が大きくなったら理念を考え
ますよと言われるのを聞いた時に、「会社にとって、あなたにとって、絶対に譲れないものが、ありませんか?」と
問いかけた。

あるんですよ。それが、その会社の理念であり、あたなの理念なんです。

コピーライターに格好の良い「理念」を考えてもらったばっかりに、本当のその会社の「理念」が曖昧になったケース。
嘆いても悔いても仕方ない。コピーライターにも伝わらなかった理念は、社員にも伝わってない。

あたなが、死んでもやらないと決めている事を、あなたの社員があなたの名前の下で日常茶飯事の如くやっていたら・・・

先ずは「理念」を語り、共感した人に、ビジョンを語ってビジョンを共有する。「理(ことわり)を念じる」 あるべき姿に
整える為に念じるのが、会社の理念でありたい。




 ビジョンの位地づけ  vision ・・・・・

国語辞典では、1 想像(力)。  2 理想として描く像(構想)。未来像。と記されています。

ビジョンの位置づけは、

この図は、「三国志」を学ぶ時に使用する図で、「戦術」の域から「戦略」の域に達するには、「能力」が必要であり
さらに「戦法」の域に達するには、「哲学」が不可欠と云う説明に使うものです。

ビジョンとは、明確で具体的な「目的」と「理念」の向こうに見えてくるもので、理念が無かったり目的が不明確
だと実はビジョンでは無くて「見る夢」だったりします。

ビジョンとは、明確な「理念」を持ち、「目的」(この場合「達成出来た時の状態」と考えても解り易い)があって
こそ見えてくるものです。

ビジョンを語り、仲間や大切な人と「ビジョン」を共有する事が出来たら、戦略の展開が始まる訳です。

多くの会社で、戦略を聞くと「目標」(達成したい売上)だけで、「目的」が明確で無い事があります。
これでは、わが社に「戦略」があるとは言えません。片手落ちです。

窮地に立つと余裕がなくなり、「実践」と「目標」にしか目が行かず、「計画」の作成が精一杯と言う方がいます。
さらに悪化すると、資金繰りのみが仕事になります。こんな時こそ、人生の「ビジョン」を見直す時かも知れません。

家族とのビジョン、大切な人とのビジョン、共有していますか? ビジョンが見えてくると日々の辛い事が全て
自分の為と思え「生きている実感」が増します。

被害者意識が増した時が、ビジョンが見えなくなって来た時の警報です。時代が悪い、社会が悪い、会社が悪い、
あの人が悪い・・・だから出来ない・・・ 完全な被害者意識の症状です。

ビジョンの位置づけを思い出して、なにが不足しているか考えて見ると、借り物でない自分の「目的」や「理念」の
向こうには必ずビジョンが見えて来ます。


 組織編成の必要性・・・・・

会社運営で組織とは何なのか? 組織図を作り、枠を埋めて行く事が組織作りなのか?もちろん、違います。
組織の研究については、日本は相当に遅れていると言われています。大学に組織に関する学部が殆ど無く
一橋、早稲田で初めて科目として取り上げられてからでも、10年もたっていません。

研究が進まなかったのは、 戦後(二次大戦) 組織からイメージされるものが、軍隊であった為に敬遠された事も
理由の一つと言われています。

未だに、組織と言って一番最初に浮かぶのが軍隊と云う事は変わっていないようです。

組織=軍隊 と言う考え方により生じる誤解も大きく、会社の組織も軍隊にまねて、「うちは軍隊式だ。」
と言われている会社も珍しくありません。

結論から言って、組織化すれば軍隊の様に、命令で絶対服従する団体が出来ると思うのは間違いです。
軍隊と会社の絶対的な違いの一つに、死地へ赴く突撃を考えると良くわかります。軍隊での敵前逃亡は
多くの場合に銃殺です。前に突撃したら死ぬかもしれないけど、後ろに逃げたら確実に死ぬ。

会社では、銃殺は出来ません。組織の力だけで、死地へ向かわせるのは困難な事です。

もし現在、私たちが死地へ向かえるとしたら、「使命感」や、その行動に価値を感じた時、大切な人を救いたいと
感じた時などで、組織に命令されただけでは、容易に決心はつかないと思います。

会社の場合、社長と同じ部屋で同じ現場で常に社員全員が働くのであれば、組織化について特に緊急性は無い
かも知れません。しかし、事務所が二部屋以上になった時、現場が二つ以上になった時に、組織の必要性を認識
せざる得ない事が発生して来ます。

現場が二つになった時に先ず、命令系統が社長から始まって、二つに分かれる事です。実は、組織編制の際に
この命令系統図やパワーバランス図からスタートすると実態が良く解ります。壁に貼ってある組織図がいかに形骸
化した役に立たないものかに気づく瞬間でもあります。多くのポストが兼務になっていたりすると、組織図がなんと
実態から離れた虚しいものかに気づかされます。

命令系統図を考える時は、ピラミッド型の組織を頭に浮かべるよりも、むしろ人体の血管図を思い浮かべる方が良い
かも知れません。会社の組織は赤と青の銅線で配線を考え、命令はフィードバックされ循環していかなければ
活性化しません。あたかも、動脈と静脈が張り巡らされた人体の様な図になる訳です。

命令系統図を作る際に、社長を核として分かれた線の先に「核」となるポストが必要になります。
ここで、組織編成の真価が問われます。組織編制は、人事です。

例えば、営業課長を作るとします。社員の中から営業成績の良いものが選ばれます。第一歩目の過ちの始まりです。
もちろん、営業成績だけでは選ばないと言う方にとっても、営業成績の良い者は頼りになるし可愛いものです。

人事については、戦国時代から抜け出そうとした信長の例がよく挙げられます。要は、成績の良いものにはお金
を、能力のある者には権限を、徳のある者には位を与えたのです。

課長になったばっかりに、それまで会社に貢献していた営業マンが、会社の足を引っぱる羽目に陥る場合があり
ます。人は、偉くなって思い上がってるとか、新任課長を攻めますが、人事の責任が大きい事は見落される事が
多々あります。組織編制の人事に関する「ものさし」は、営業成績だけでは、測れません。

トップマネージメントの考えが、即座に全社員に伝わり、各部門が有機的に連携を持って動ける、あたかも人体の
ような組織こそが重要になります。

組織編制は、営業成績を上げる為だけでは無く、ビジョンの共有や訓練を同時に行い、非常時に備えるもので
無くては役に立ちません。

会社がうまく行っていない原因のかなりのボリュームで、組織化の失敗があると思います。
人体で例えれば、頭から直接に足首に走れと命じても、膝も腰も知らないで、足首だけが前に走っては、人体は
後ろに転んでしまいます。ビジョンを語らず頭だけが急発進すれば、前に転んでしまいます。

組織編制の必要性は、会社に限らず家庭にもコミュニティーにも不可欠です。組織と言えば、ピラミッド型の図を
思い浮かべると誤ります。人体をモデルにした配線を考えて見ると理解が進みます。

熱い、やかんに手が触れた時に、とっさに手を離すのは、実は脳まで報告は行ってないそうです。

組織研究の最先端は、アメリカ陸軍と言われていますが、詳しくはNHKスペシャルなどでも特集されているので
そちらを見て頂く事にして、キーワードは、戦略インターネットです。

これまで、指令部に情報が最も多く集まる事を前提に、全ての部隊は中間指令を経由して指令部へ報告して
次の指令を待つのが組織の常識でした。しかし、めまぐるしく変化する現場では、指令を受ける前に壊滅的な
打撃を受けてしまう例が頻発したのが、この戦略インターネットの構築の引き金になったと言われています。

アメリカ映画を見ているのと、現実は随分とちがいます。例えば、歩兵が街の路地を進んでいる時に、上空の
ヘリコプターから前方に敵歩兵が見えたとします。映画では、無線でヘリコプターから歩兵に知らせるのです
が実際は、ヘリコプターから中間指令経路を経由して航空司令部へ報告が行き、歩兵司令部から中間指令を
経由して・・・・とその間に終わってしまうのです。

戦略インターネットでは、司令部の全情報をインターネットで、現場指揮官が見れるようにする訳です。
全ての情報から判断した場合、誰が判断しても同じ結論になる事が多くあるはずですから、多くの権限を現場
指揮官に任せると言う考え方です。因みに、現在開発されている戦略インターネットは、ヘルメットと一体化した
ゴーグルに透過式で画面が表示されます。車のフロントガラスに透過式で映像を映すのと似ています。

あいつは、何も解って無いから任せられない・・・・情報を止めてませんか?現場にどれだけの情報をフィード
バック出来るかがこれからのキーポイントになると思われます。

会社の組織編制も大きく見直す時期が既に来ています。


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